触れないままに新鮮さが出入りする

「私は現場の人間なので」「あなたは現場をみていない」この台詞に会ったときのむなしさってなんだろ?ということをもとに描きました。

もともと対等な関係ではないことも構造や力学からみれば当然である、ということが現場ということばだと思っているところに。それが台詞となってやってくると対等な関係ではないことに念を押すような、二度の、二重の当然はおかしい、一つ余分でそれを自分だけが負担しているような立場にされること、このあたりがむなしさなのかなーと思っています。

memo:
”私は現場の人間”、”あなたは現場をみていない”
意味をとりだしすぎている
この台詞に会ったときのむなしさ
現場と現場じゃない場の往復
誰に会える、役柄、属性、登場人物
主役-脇役-観客
中心〜まわり
出来事への近さ(釣竿-釣糸-釣針)
自身の行動と景色の変化との同期(自身と自身の影)
現場をみる・にいる←これをみる、にいる
コントロールできる〜できないの両端を現場と呼んでいそう